2014年9月5日 | 森山史海
第3回 巨大掲示板の恐怖
「誰か女の子、紹介してくれない?」。それは、キャバクラの店長さんからの相談でした。女の子が辞めちゃって営業ができない、と嘆く店長の暗い表情に、こちらまで気分がめいってきました。「聞いてみるけど」とこたえたものの、こちらは内心で、女の子がいなきゃ仕事にならないのは分かるけど、待遇とか店長の管理がしっかりしてないことが原因ではないのか、どうせ社長から怒られ、凹んでいるんだろう、という受けとめ方でした。
「一気に女の子辞めちゃってさ」。やっぱりな、と思いました。一気に複数の従業員が退職するというのは、やはり店側の原因を疑います。店長にも責任あり、とりあえず頑張って、と言いたいところでした。
それでも、一応、理由を尋ねると、「女の子同士の対立」という言葉が返ってきました。それもある意味、想定内のこたえでした。それを含めて、良好な環境を作るという意味で、店側に管理責任がなかったか、という気もしたからです。ただ、その後、店長が言い出したことは、少々意外なことでした。
「『ホスラブ』っていう、掲示板を知っている?」
もちろん、その存在は知っていました。ホストクラブ、夜間飲食業、性風俗業の従業員やユーザーが書き込んでいる、巨大掲示板です。
「うちの店の書き込み酷くてさ。どうやらそれが原因らしいんだよ」。店長の話では、書き込みをしたのが誰かということで店の女の子同士の犯人捜しや、イジメ、さらに他のお店に移籍などにつながっている、ということでした。もちろん、匿名のネット空間では、犯人の特定は困難。当初「たかが書き込み」と思っていた店側も、こうした実害が発生するにいたって、深刻に受けとめ出した、ということのようでした。
店長は、問題の「ホスラブ」を開いて見せてくれました。まず、驚いたのは、その膨大スレッドの数でした。ホスト、お水、風俗等のジャンルごとに、「お店」「個人」を対象にした掲示板が、数百にも及ぶだろう数で存在しています。
しかも、さらに驚いたのは、その内容です。こういう業界、業者の掲示板というと、いわゆるユーザーの利便につながるという建て前の「口コミ」サイトのようなものを連想される方もいるもしれません。しかし、このサイトはそれとは根本的に異質の印象を与えるものでした。書き込んでいるのは、お客さんとも取れるし、同業の女の子の嫌がらせにも、またライバル店の足の引っ張りにも取れる。「口コミ」サイトそのものでも、いまやそうした実態がクローズアップされてきていますが、このサイトは、はっきりとそうした性格があらわれている、いわば「嫌がらせ」の温床になる危険をはらんだサイトに見えたのです。
その内容は、全く本人が身に覚えのないような事柄に絡む誹謗・中傷、店名と「源氏名」でも、本人特定は現実的には可能ですが、それ以上に、はっきりとした個人情報が公開されるようなケースまであります。
結局のところは、犯人は分からない。それがゆえに、疑心暗鬼も手伝って、店の中で従業員の対立が始まる。目の前で敵意をむき出しにする子。表面上はニコニコしているが、店長にはグチグチ毎日のようにメールしてくる子。何も言わないが明らかに暗くなっていく子――。もちろん、中には気にしない子、逆に書かれるのは「有名税」のように笑っている子もいるかもしれない。それぞれが違った目線で書き込みを見ていることは事実だけれど、それだけに被害は放置され、確実に広がっている、というのが現実であることを、私は知りした。
「掲示板」って、想像以上に怖いところなんだ。私の中で急速に、何かとてつもなく大きな不安が膨れ上がっていきました。これは、個人の、さらに業界の問題にとどまらない、根本的にネット社会の「掲示板」という存在がはらむ、社会全体の問題になるのではないか――。
その時は、私のなかで、まだ漠然としたものでした。ただ、この恐れが間違っていないことを確信するのには、そう時間はかかりませんでした。それを「自殺未遂」という深刻な現実として、私は目の当たりにすることになります。次回からは、より詳しい内容で書いてみようと思います。
中傷サイト被害最前線
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